北千住の老夫婦:淡い記憶
北千住駅は開発が進み、路線が多く入り込んでいるためたくさんの方が足を運ぶようになりました。東京方面を中心に多方面にアクセスできるだけでなく、駅周辺の開発が進み、商業ビルが立ち並び、すこし歩けば昔ながらの商店街の面影が残り、居酒屋やパブなど路地裏商店街の様子も残っています。
私は田舎から出てきて、北千住は仕事に行くために通る程度なので街の歴史を知りません。駅のロータリーからはショッピングでルミネに向かう人たちや、学校に向かう学生さん、スーツのサラリーマンの方などたくさんの人が往来し、どことなく慌ただしいです。
「あれは学生かね?」
突然、話しかけられ驚いてしまいました。隣を見るとそこには80歳は越えているであろう老夫婦の方がこちらを向き、ロータリー下で募金活動をしている団体を指して、私に尋ねている様子でした。
ロータリー下で活動している人たちは見るからに学生といった感じであったので、
「たぶん、そうだと思いますよ」
と、自信なく返事を返したのですが、男性のご老人は、
「昔、この辺はね…」
と北千住駅周辺の60年ほども前のことを語り始めたんです。横にいた奥様が
「すみませんね。ダメですよ。お忙しいんでしょうから」と旦那さんを止めに入ったのですが、私は、
「大丈夫ですよ、もう仕事も終わって暇をつぶしていたところですから」と言って、おじいさまの話を聞いていました。
北千住駅がどう変わってきたのかだけでなく、お二人の生活の様子なども話してくださりました。北千住には昔から住んでおり、今までずっと引っ越しなどもなかったそうです。子宝には恵まれず、ずっとご夫婦で暮らしてきたそうです。
おじいさまは、数分間話しをされると、
「あれは学生かね?」
と先ほどの同じ質問をしてきました。横にいる奥様が、
「ごめんなさいね…この人、もうかなりボケてしまってるので、同じようなことを繰り返し聞いてきたりするんです。ここ数年は特にひどくて、この前なんか、私のことを忘れてしまったんですよ。少しするとまた思い出すんですけどね。足腰も弱ってきて、あまり階段も上れないんです。他の病気もわずらっているので、あとどれくらい生きられるかもわかりません。なのに、北千住の街並みが好きなので、無理してこんなところまで来るんです。無理して、何度も。何度も当時のことを語るんです。二人の思い出を。」
そのご夫婦にとっては、北千住はそれまでのお二人の思い出が全て詰まった場所。街の開発が進んでも、景色が少し変わっても、一部には昔からの商店街や、路地裏などの街並みが残り、淡い記憶として二人の間に残っている。
それから数ヶ月後、私は仕事を辞め、北千住駅には通わなくなりました。それでも、1年に1度くらいは乗り換えなどで北千住駅を通ることがあります。1年ぶりに同じロータリーで北千住の街並みを見下ろします。もう学生の募金団体はいませんでした。学生やサラリーマンの人たちが忙しそうに往来しているのは変わりません。私の目で見ると、1年では街並みは全く変わっていません。
60年。あの時出会えたご夫婦からすると、北千住の街並みは大きく変わっていたようです。でも、当時の記憶はそのまま。淡くも、でも強く記憶に残ります。
また、北千住に行ってみようかな。あのご夫婦がまた同じ場所にいるかもしれないので。